敍事旋頭歌(Sedouka epic)『しろたへ(Something white)』とは「白妙・白栲」とも表記し、楮(かうぞ)の皮の繊維で織つた白い布(White cloth)の意味から白いもの全般へと廓大解釋され、

 『白妙の』といふ枕詞(まくらことば)では、

  「衣(ころも)・袖(そで)・袂(たもと)・襷(たすき)・紐(ひも)・領布(ひれ」

  などにかかり、また、

  「雲(くも)・雪(ゆき)・波(なみ)・濱(はま)の眞砂(まさご)」

  などにもかかる。

 ここでは、

 「雪・袖・雲」

 を象徴する言葉として扱つてゐる。

 

 

敍事旋頭歌(Sedouka epic)

 

『しろたへ(Something white)』

 

紫不美男(むらさき ふみを・Murasaki Humio)

 

 

第一部「雪」

 

あてもなきけふ一日をやりすごしたり
獨り部屋ぞくつとしたりものを思へば

 

働けど喜びもなく悲しみもなし
さればとて遊び呆けむ愁ひは強し

 

夜は更けてにはかに今は昔なりける
まぼろしのをんなの顔を窓邊に見たり

 

をんなとは悲しくも目に涙したりて
人の世はそれを女の證とせしむ

 

思ひ出や瞼冴えにて外にぞ出づる
さまよへるわれの行方に雪の降るなり

 

生命の愛しみありて街に出でれど
はいいろの空には雪ぞ街は死にたる

 

たそがるる時は知れども光は知らず
人生はわれの上にもかくのごとくぞ

 

清き夜は好かぬわれゆゑもの叫びたり
ふる雪にぎいぎいぎいといへとばかりに

 

われの見る雪の言葉の數はふえゆき
やがてその言葉は死して地に白く落つ

 

ひたぶるに歩くことはや涙に暗く
こころにも雪降るごとく重く冷たし

 

わが過去になんぞありけるはかなきことよ
この雪もむかしの雪と違(たが)ひしものを

 

ふる雪は人を死にたき氣持にさせむ
わが人も奪ひ去りけり白き惡魔は

 

かかる日に君は死にたりわれを殘して
あゝ君よいまこそわれに雪のありけれ

 

雪あればわれも死にたくなりにけるかも
しろき雪死ね死ね死ねといはむばかりに

 

恐ろしき思ひに耽(ふけ)ることしばしあり
この雪の降るに任せばあゝしづけさよ

 

君なくば命ある身のかくも悲しき
けふの日をなんぞ目當てに息を吸ひける

 

ゆきしろくあまりに白く深くつもりて
乾いたるわが指を見つ刃物で削る

 

あかき血は雪に染まれどわれのものなり
赤き雪ものも言はずにわが口に含む

 

ぽたぽたと雪にまじりて血を降らせけり
指いたくなにも言へずにかばひつ歩く

 

    第二部「袖」 

 

忽然と都心の中に森見つけたり
かなしみの森といふ名の墓につづけば

 

わが前のしろく輝く氷る森には
眠りたるをんなのゐたり道は一筋

 

氷る樹に見るものぞありわれに似たりて
われもまた氷りたままに生きたるをとこ

 

わが人は死にて血に消ゆこの雪に似て
冷たさとしづかなる音のたましひのあり

 

わが人よわれの行く手は雪の降るのみ
世の中をきんきんきんと碎くばかりに

 

うすざむき君が墓なる前にたたずみ
わが人の墓標に赤き血を捧ぐなり

 

わが人よいつよみがへるこの胸の中
かかる日に血をあたへても還りざらむか

 

なほ君の墓まへにして悲しかる身ぞ
肩の雪きりきりきりと差し込むがごと

 

けがれなき雪に埋れた君の墓ぞも
一輪の小さき花ぞ雪ぞ擡(もた)ぐる

 

くるしさのかすかに疼くとほき日の戀
君は死に生殘りたるわが道いづく

 

けふの日もいかで生きむか分らぬゆゑに
かなしくもせめて心は雪に負けまじ

 

一夜さをさまよひ行きて立ちかへりたり
ことばなく死にもひとしき部屋の暗さや

 

ゆきは降り早くも夜は明け染むるなり
死ぬごとく眠りにつきぬ雪に埋れて

 

    第三部「雲」

 

わが朝をいつものごとく眠り過ごしつ 

かなしみは家竝の雪を見るにつけても

 

つもりたるけふまでの日のしろき命よ
雪解けのざあざあざあといはむばかりに

 

とどめんと思ふことあり白雪の形(なり)
朝の日に窓より水のわが肩に落つ

 

のこり雪わが手にのせてしみじみと見き
命なる血管(ちくだ)にしみいり後にくちづけ

 

雪いまは見ることもなく音ぞかなしき
ゆき解けのしくしくしくといはむばかりに

 

ゆきどけの音はもの憂く眠りを誘ひ 
遠山の殘りし雪のながめかなしも

 

さいはひのさだまらぬごと雪はとけ行き
ただ空にしらしらしらと雲ひとつゆく

 

春未(まだ)き雪を偲べど冬は過ぎたり
けふの日を何といはむか悲しうとまし

 

 

      後 記

 

 何とか出来た。
 考へれば、これは著想から完成に到るまで、何と三年もの月日が費やされてゐる。
 これは『愛ニ飢タル男』と同系列の作品で、四拾首の和歌で物語を詠んだものであるが、『愛ニ飢タル男』に比べると、雲泥の差がある。
 それは作品の内容にも關はるのだが、『愛ニ飢タル男』は一カ月程で出來、それも所要時間は一日とはなかつただらう。
 所が『しろたへ』の方は三年である。
 所要時間にすれば、結局同じになるかもしれないのだが、完成させるのには、三年の月日が必要だつた事になる。
 尤も、それだけに内容の重みは違つて來ようし、第一に『愛ニ飢タル男』の方には、「あいうえお」を折込まなければならないといふ制約があつたから、作品の内容の劣つたのは已むを得なかつたのだが、それだけに却つて出來上がりも早かつたのであると言へる。

 かうした一連の作品は、全部で四作出して止める心算(つもり)である。
 さうして、もう後の二作も殆ど完成してゐて、『しらとり』などは和歌も散文も完成してゐるし、『うたかた』も和歌の方は出來上がつてゐて、散文を必要とするか否かに迷つてゐる。
 出來る事なら、『愛ニ飢タル男』の方にも、半分程出來上がつてゐる散文の完成を早めて再版したいと思つてゐるが、挿繪を西岡氏に上げてしまつたのだが、彼は今でも持つてゐるだらうか。
 扨(さて)、この『しろたへ』は旋頭歌といつて、上下二句とも「五七七」から成る和歌の一體で、今日(こんにち)では顧みる者が尠(すくな)く、私の知る限りでは、ひとり芥川龍之介(1892-1927)が『越し人』といふ弐拾八首の連作を、僅かに成してゐるばかりである。
 

 作者も、實は芥川の被害を蒙つたに違ひない。
 孰(いづ)れにしても、一連の作品の中でこの『しろたへ』而己(のみ)が散文なしで、完成してゐるものである。
 筋は相變らず漠然としてゐる。
 これらの一連の作品は、先にも書いた通り四作で終るが、短歌と旋頭歌が二作づつとなつてゐる。
何氣ない切掛けからこれだけのものが生れて、作者も驚いてゐる次第。
今度ばかりは閑(ひま)といふ譯には行かなかつた。

 

     一九七三年昭和癸丑年五月十三日午前四時

 

 

      寄 稿

 

    作者に就いて(批評を兼ねて)   大藏司宏

 

 作者はこのやうな歌集以外にも、所謂小説なども書く人であるが、私は彼の本質は、矢張歌集にあると思ふ。何故なら、彼は稀に見る感受性の鋭い人で、音樂や繪畫に對して、常々非常に深い造形を示してをり、多少の制作の心得も身につけてゐる。特にバッハやモオツアルトの音樂に関しては、異常なまでの興味を抱いてゐる。それは、多分、彼が生まれまがらにして備へてゐる才能と、共通する部分があるからではないだらうか。彼の處女出版の歌集『愛ニ飢タル男』を讀まれた方なら、恐らくその事に氣づかれたのではあるまいか。

 ひと口に言つて、彼は完全なる詩人の素質を持つて生まれた人間なのである。從つて、感覺的に優れてをり、造形的に多少弱點のある彼の小説は、苦勞してやつと書上げたといふやうな跡が多々見受けられるのだが、歌集の如き作品となると、恰もモオツアルトの音樂のやうに、全く手垢の汚れといふものが見受けられず、人間の裸の姿が息づいてゐるやうである。そんな所に、私は作者の魅力を感ずる。

 さて、作者の第二作目の出版物に當る『しろたへ』であるが、この作品は全體を二つに大別出來る。鬼火の如き情念プレストの勢ひで燃え狂ふ「夜」の世界と、その後にやつて來る靜かなる悲しみアダージョで流れ行く「朝」の世界とに……。
 さうして、重苦しき夜の世界は、輕やかなる朝の世界を描く爲に書かれてをり、更に極言すれば、朝の世界の最後、
 
   春未き雪を偲べど冬は過ぎたり
    けふの日を何といはむか悲しうとまし
 
 この歌にこそ、この一篇の歌集の存在の證がかかつてゐるのではなからうか。僅かに三十八文字のこの歌の苦痛に引裂かれた悲しみの裏側には、あらゆる苦惱を經た者だけが得られる、ある種の安らぎを讀取る事が可能である。

 さうして、その安らぎの更に内奥には、「明ルサ」にも似た何物かを見出す讀者もあらう。
 作者はこの歌集で、僅か三十八文字の歌の内に、人間の悟りに近いものを表現しようとしたのではあるまいか。

 

          昭和四十八年神無月下旬 大阪にて

 

 

歌譜(かふ)

 

さて、ここで日本の詩歌に於ける韻律(ゐんりつ)に就いて少し述べてみたい。

これに就いては餘所(よそ)の處でも幾度か述べてゐるので、重複して仕舞ふといふ躊躇(ちうちよ)もあつたのだが、理解してもらふ爲にはそれが幾ら諄(くど)くてもと考へ直す事にした。

そこで『歌譜』であるが、これは詩を音聲的な形式である音聲の「長・短・子音・母音」、またはアクセント(Accent)の配列の仕方によつて表す諸外國のものに比べて、日本の和歌や發句(俳句)のやうに音數の形式から成立してゐるものとに分別されるやうに思はれる。

更に、日本の「音數の形式」といふのも實は『拍子』なのであると筆者は考へてゐる。

といふ譯で、發句の場合を俳諧の發句の譜面といふ意味で『俳譜』と呼び、短歌や旋頭歌などの和歌の場合を『歌譜』呼ぶ事にして、ここでもそれを示して置かうと思ふ。

猶、音符に關しては八分音符(♪)以外はなく、あつても環境依存文や繪文字もどきで使ひものにならないので、

「四分音符(†)・四分休符(ζ)・八分休符(γ)」

これらを代用とせざるを得なかつた事は、心苦しいばかりである。

 

  平成29(2017)年8月24日午後3時半 自宅にて記す

 

 

第一部「雪」

 

 §

 あてもなき  けふいちにちを やりすごしたり

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 ひとりべや  ぞくつとしたり  ものをおもへば

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

§ 

 はたらけど  よろこびもなく かなしみもなし

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 さればとて   あそびほうけむ うれひはつよし

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 よはふけて  にはかにいまは  むかしなりける

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 まぼろしの  をんなのかほを まどべにみたり

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

§ 

 をんなとは  かなしくもめに  なみだしたりて

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 ひとのよは   それをおんなの あかしとせしむ

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 おもひでや   ひとみさえにて そとにぞいづる

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 さまよへる   われのゆくへに  ゆきのふるなり

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 せいめいの  いとしみありて  まちにいでれど

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 はいいろの  そらにはゆきぞ  まちはしにたる

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 たそがるる   ときはしれども ひかりはしらず

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 じんせいは   われのうへにも  かくのごとくぞ

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 きよきよは   すかぬわれゆゑ ものさけびたり

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 ふるゆきに  ぎいぎいぎいと  いへとばかりに

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

§ 

 われのみる   ゆきのことばの  かずはふえゆき

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 やがてその  ことばはしして ちにしろくおつ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 ひたぶるに   あるくことはや なみだにくらく

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 こころにも  ゆきふるごとく  おもくつめたし

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 わがかこに   なんぞありける はかなきことよ

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 このゆきも  むかしのゆきと たがひしものを

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 ふるゆきは   ひとをしにたき きもちにさせむ

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 わがひとも   うばひさりけり  しろきあくまは

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 かかるひに   きみはしにたり  われをのこして

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 あゝきみよ  いまこそわれに  ゆきのありけれ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ゆきあれば   われもしにたく  なりにけるかも

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 しろきゆき  しねしねしねと  いはむばかりに

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 おそろしき  おもひにふける ことしばしあり

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 このゆきの   ふるにまかせば あゝしづけさよ

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 きみなくば   いのとあるみの  かくもかなしき

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 けふのひを   なんぞめあてに  いきをすひける

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ゆきしろく  あまりにしろく  ふかくつもりて

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 かわいたる  わがゆびをみつ はものでけづる

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

§ 

 あかきちは   ゆきにそまれど  われのものなり

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 あかきゆき   ものもいはずに わが くちに ふくむ

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪ ♪♪♪ ♪♪†┃

 

§

 ぽたぽたと   ゆきにまじりて ちをふらせけり

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 ゆびいたく   なにもいへずに かばひつあるく

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 

第二部「袖」 

 

 

 とつぜんと  としんのなかに もりみつけたり

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 かなしみの   もりといふなの  はかにつづけば

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

§ 

 わがまへの   しろくかがやく  こほるもりには

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 ねむりたる  をんなのゐたり みちはひとすぢ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 こほるきに  みるものぞあり  われににたりて

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 われもまた  こほりたままに いきたるをとこ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 わがひとは   しにてちにきゆ このゆきににて

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 つめたさと   しづかなるねの たましひのあり

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 わがひとよ   われのゆくては  ゆきのふるのみ

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 よのなかを  きんきんきんと  くだくばかりに

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 うすざむき   きみがはかなる  まへにたたずみ

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 わがひとの  ぼへうにあかき ちをささぐなり

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 わがひとよ  いつよみがへる このむねのなか

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 かかるひに  ちをあたへても  かへりざらむか

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 なほきみの  はかまへにして  かなしかるみぞ

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 かたのゆき  きりきりきりと さしこむがごと

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 けがれなき   ゆきにうもれた  きみのはかぞも

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 いちりんの  ちいさきはなぞ  ゆきぞもたぐる

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 くるしさの  かすかにうづく  とほきひのこひ

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 きみはしに  いきのこりたる わがみちいづく

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†ζ┃

 

 §

 けふのひも   いかでいきむか わからぬゆゑに

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 かなしくも   せめてこころは   ゆきにまけまじ

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ひとよさを  さまよひゆきて たちかへりたり

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 ことばなく   しにもひとしき  へやのくらさや

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ゆきはふり  はやくもよるは あけそむるなり

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 しぬごとく  ねむりにつきぬ  ゆきにうもれて

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 

第三部「雲」

 

 

 わがあさを  いつものごとく  ねむりすごしつ 

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 かなしみは  やなみのゆきを  みるにつけても

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 つもりたる  けふまでのひの  しろきいのちよ

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 ゆきどけの  ざあざあざあと  いはむばかりに

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

§ 

 とどめんと   おもふことあり しらゆきのなり

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 あさのひに  まどよりみづの わがかたにおつ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 のこりゆき  わがてにのせて しみじみとみき

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 いのちなる  ちくだにしみいり  あとにくちづけ

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ゆきいまは  みることもなく  おとぞかなしき

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 ゆきどけの  しくしくしくと  いはむばかりに

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 ゆきどけの   おとはものうく ねむりをさそひ

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 とほやまの  のこりしゆきの  ながめかなしも

♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 §

 さいはひの  さだまらぬごと  ゆきはとけゆき

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 ただそらに  しらしらしらと くもひとつゆく

 ♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪♪♪†┃

 

 §

 はるまだき   ゆきをしのべど  ふゆはすぎたり

C♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 けふのひを   なんといはむか  かなしうとまし

 ♪♪♪♪†ζ┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃γ♪♪♪♪♪♪♪┃

 

 

 

 

 

 旋頭歌に就いて

 

 

 旋頭歌とは和歌の一體(いつたい)で、短歌が「五七五七七」の三十一(みそひと)文字であるのに對(たい)して、旋頭歌は「五七七五七七」の三十八文字であるから、短歌に比べて七文字多い事になる。

 和歌には他に佛足醫師歌體(ぶつそくせきかたい)といふ「五七五七七七」といふ形式のものや長歌などもあるが、短歌の上句の「五七五」が發句(明治以降は正岡子規(1867-1902)によつて俳句と呼ばれる)になり、旋頭歌の上句の「五七七」を片歌(かたうた)といふ。

 この旋頭歌は筆者が知る限り近年ではただ一人、芥川龍之介(1892-1927)が『越しびと』といふ二十五首の相聞(さうもん)があるばかりである。

 飜(ひるがへ)つて、面映(おもはゆ)いが筆者に和歌の四部作があり、それは四十首を一つの物語として詠み、第一部を四章からなる敍事短歌『愛ニ飢タル男』として發表し、第二部を敍事旋頭歌「しろたへ」として三章からなつてゐ、第三部を同じく敍事旋頭歌『うたかた』として二章からなり、第四部を全一章の敍事短歌『しらとり』として完結してゐるが、この二つの旋頭歌の外に作る人は絶えてしまつたやに思はれる。

 

 

    關聯記事

 

敍事短歌(Tanka epic)初稿版(First edition)

『愛二飢タル男Love-hungry man(AIUEO)』

全四部(Total 4 copies)

http://www.miyukix.biz/?page_id=1081

 

 

敍事短歌(Tanka epic)完全版(Full version)

『愛二飢タル男Love-hungry man(AIUEO)』

第一部(The first section) ゆきづり(Love of casual)

http://murasakihumio.blogspot.jp/2012/01/mozart-requiem-kyrie-yamaha-qy.html