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二十七、近江幻想『發句雜記』より 再び『行春を近江の人とをしみけり』に就いて 近江不忍(あふみのしのばず・Oumino Sinobazu)

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二十七、近江幻想『發句雜記』より

再び『行春を近江の人とをしみけり』に就いて

 

 

 この間、發句關聯(嚴密には俳句なのだが)の本を讀んでゐて、

 「俳句には春惜しむ」

 といふ季語があると述べられてゐるのを目にし、その後に「行春を近江の人と惜しみける」といふ句を提示してゐた。

 

 ゆくはるを  あふみのひとと をしみける

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪†ζ┃

 

 この有名な松尾芭蕉(まつおばせう・1644-1694)の句に就いて、前囘は、

 

   行春を近江の人と惜しみける

 

 に到るには、

 

   行春や近江の人と惜しみける

   行春を近江の人と惜しみけり

 

 といふ變遷(へんせん)を經(へ)たと書いたが、

 

   行春や近江の人と惜しみけり

 

 とすると、「や」と「けり」の切字がふたつになる爲に、それを回避するのが理由であつたと考へられる。

 さうであるのにいづれの案も採らなかつたのは、今將(まさ)に別れ行くといふ實感(じつかん)を傳へたかつたからではないかと思つてゐる。

 その意味では、臨場感のある句姿となつてゐる。

 けれども、この作品に瑕疵(かし)がない譯ではない。

 芭蕉は俳聖の稱號(しようがう)を與(あた)へられる程の存在となつてゐるが、彼とてもその全作品が傑作ではないのは勿論の事である。

 その中に、この「行春や」の句も含まれてゐると筆者は考へてゐる。

 理由としては「振る・振れる」といふ問題でないのは言ふまでもない。

 發句は十七文字の短詩形文學であるから、言葉をどれほど簡潔に省略するかといふのが作品の良し惡しを決定づける要點(キイポイント)となつてゐるが、この、

 「行春」

 といふ季語に對して、下五句に

 「惜しみける」

 といふ言葉を取合せてゐる。

 「行春」といふ季語には去り行く春を見送る思ひがこもるが、これとよく似た表現に「春惜しむ」といふものがあり、こちらはもの淋しい詠歎的な情緒が強く感ぜられる。

 この使ひ分けられるふたつの季語を、芭蕉は一句中に取込んでしまつてゐる。

 もつと言へば、「行春」の中に春を惜しむ氣分も含まれてゐる筈である。

それを「行春を……惜しみける」では、「言ひ果(おほ)せて何かある」と語つた芭蕉をして、その名を貶めはしないか。

 筆者がこの句で惜しむのは、その邊(あた)りの事情を鑑みての事である。

 ならばとして、

 

   行春に近江の人や別れ路 

 

 ゆくはるに  あふみのひとや わかれみち

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪†ζ┃

 

 拙いながら筆者の案を示して置かう。

 ところで、それはそれとして、俳句の説明に發句(ほつく)から俳句へと呼稱を變へた本人である正岡子規(1867-1902)の作品か、それ以降の句を見本若しくは手本として引用するのは構はないのだが、いつも芭蕉を持出すのは卑怯ではないか。

 芭蕉はいふに及ばず、與謝蕪村(1716-1784)や小林一茶(1763-1828)は俳諧の發句を詠んだのであって、俳句を詠んだといふ認識は毫(がう)もなかつた筈である。

 何故ならば、俳句といふ呼名は普及してゐなかつたのだから。

 

 

二〇一四年七月七日午後六時過ぎ 店の二階にて記す

 

 

 

     參考文獻(ぶんけん)

 

『俳句的生活(長谷川 櫂 著)』中公新書1729

 

 

 

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