『源平セツト』考
我が店には『源平セツト』といふ獻立(メニユウ)があつて、初めて御來店されたお客樣はそこに目を止めると必ず、
「これはなにか?」
と尋ねられる。
そこで、
「豚平燒は御存知ですよね」
と確認をしてから、やをら商品の説明をする事にしてゐる。
先づ、大抵の大坂人ならば知つてゐる筈の「豚平燒」であるが、これは關西のお好み燒屋とか居酒屋などで提供される鐵板燒(てつぱんやき)の一種で、その起源は、
「戰時中に露西亞(ロシア)の捕虜になつた時に現地の兵隊が食べてゐたもの」
を『本とん平(大阪市北区)』の店主がそれに手を加へて客に出したものと言はれてゐる。
一口に「豚平燒」といつても樣々な種類があり、作り方も具材や細かい部分で異なるが、基本は卵と豚のバラ肉を使つたものである。
代表的なものとしては生地を小判型に廣げた上に肉やソースをのせてから引繰返し、肉を燒いてから溶き卵を混合せてソースと「青海苔・鰹節」をかける。
他に千切りく甘藍(キヤベツ)や葱を混合せたものや、オムレツに似てゐるものさへあるといふ。
我が店の豚平燒は、
その語源ともなつた豚を平たく燒くといふ、到つて素朴(シンプル)なもので、それに沙司(ソオス)と蛋黄醤(マヨネエズ)に強烈に辛い練り辛子を添へた商品をお客樣に召上つて戴いてゐる。
ただ、辛子は半端な辛さではないので、必ずソオスとマヨネエズとを和(あ)へるやうに念を押してゐるけれども、中にはうつかりして卵の黄身と間違つてしまひ人もゐる。
そんな時は暫く口が利けないほどの衝撃で、味覺もなにもあつたものではない。
それを解消する方法は唯一つ。
蛋黄醤(マヨネエズ)を一口舐めると、すうつと元に戻るのである。
その「豚平燒」の豚肉の代りが烏賊になつたものを、
『辨慶燒(べんけいやき)』、
海老を代りにしたものを
『義經燒(よしつねやき)』
と命名してゐる。
この商品と商品名は共に我が店が勝手に考案したもので、命名の由來はといふと、海老の飛跳ねる樣を義經の八艘飛びに準(なぞら)へたもので、梅に鶯・松に鶴、豚に牡丹・鹿に紅葉と言はれるやうに、當然(たうぜん)の歸結として、義經と言へば辨慶がつきものとなつて烏賊と海老の命名となつたのである。
そこで更に、これらの三品を全て食べたい人の爲に、
「豚・烏賊・海老」
これら半分づつをひとつに纏めて商品化したものが、
『源平セツト』
なのであるが、これも「豚平燒」の「平氏」と「義經・辨慶」の「源氏」との聯想からの商品名となつたのである。
さあてお立合ひ、このお得感まる出しの獻立(こんだて)は、酒や麥酒(ビイル)の肴(さかな)として重寶(ちようほう)され、辛子とマヨネエズに絡めると絶品の大人(アダルト)感があつて召上られたお客樣に好評を泊してゐるのである。
二〇一四年十一月九日午前十一時四十五分 店の二階にて記す