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五、調べ(SIRABE) 『發句雜記』より

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 この音樂を聞きながら作品を鑑賞して下さい。

 これは自作(オリジナル)の

 

『 Motion1(竪琴・harp)曲 高秋美樹彦』

 

 といふ曲で、YAMAHAの「QY100」で作りました。

 雰圍氣を味はつて戴ければ幸ひです。

 ない方が良いといふ讀者はご自由にどうぞ。

 

 

 

     五、調べ(SIRABE)『發句雜記』より

 

 發句の世界には可笑(をか)しな處(ところ)がある。

 それは未(いま)だに殘つてゐる處と、新しいもので出來てゐる處があるといふ事である。

  例へば、一部の人を除いて小説やなにかとは違つて、發句は現代でも歴史的假名遣で書いてゐるが、季語などは

 

 「スモツグ」

 

 のやうに、次第に新しいものが出來てゐるといふ按配(あんばい)である。

  勿論、それは時代の流れに左右されてゐて、以前或は新しい季語にも、矢張、殘るものと廢(すた)れるものとがある。

 何故かといふと、發句といふものは『十七文字』で詠み、また書かれるものであるから、どうしても聞いて美しく、見た目にも美しいといふ「調べ」を大切にするからに外ならない。

 

 

 とすれば、現代假名遣で「蝶」の事を、

 

 「ちようちよう」

 

 と書くよりも、歴史的假名遣で、

 

 「てふてふ」

 

 と表記した方が、際立つた美しさを味はへる。

 極端に言へば、一句中に「い」や「え」といふ文字を使用するよりも、「ゐ」や「ゑ」といふ文字を使用した方が、その文字の備へてゐる獨特(どくとく)の奥深い姿から醸(かも)し出す雰圍氣(ふんゐき)に、句全體(くぜんたい)の印象も變化(へんくわ)しようといふものである。

 

 

 さう言つた見た目の美しさ以外に、耳に訴へる美しさといふものがある。

 それは、

 

 「あえか」

 「あざやか」

 「ゆかしい」

 

 などで、これらは、また見た目にも美しく感じられるが、特に目と耳に切ない美しさを言葉があり、それは「サ行」と「ハ行」に多く、

 

 「さいはひ」

 「いにしへ」

 「さはやか」

 

 などがあり、更に、

 

 「しらしら」

 「はらはら」

 「ほろほろ」

 

 このやうに擬音に使ふ時などにも、その効果が發揮されてゐる。

 かういふ風に、文語と歴史的假名遣で表記された發句には、格調がある。

 

 

 かと言つて、季語などには「砧(きぬた)」のやうに古い季語もあるが、こんにちの人は智識では知つてゐても實生活では殆ど知らないだらうから、使はうにも句にならないであらう。

 然し、季語といふものは百だけだけとか、歳時記に書かれてあるだけを季語としてゐる譯ではないから、新しい季語や以前の季語の使ひ方を考へれば良いのである。

 

 

 どのやうな句があるかといふと、

 

   血のついた手巾洗ふ秋の指  不忍

 

 ちのついた  ハンケチあらふ あきのゆび

C♪♪♪♪†ζ┃♪♪♪♪♪♪†┃♪♪♪♪†ζ┃

 

 これなどは「秋の指」とあるが、指に秋用とか春用とかがある譯ではない。

指は年中無休である。

 處が、「秋の指」と言はれると、何かいつもよりほつそりとした感じで、それが「血のついた手巾(ハンケチ)」を「洗」つてゐるのを想像してみると、なんとなくそれらの總ては、秋を象徴してゐると思はれる。

 是非は別にして、かういふ季語の使ひ方もあるのである。

 

 

 考へれば、發句を詠むといふ作業の内で、新しい手法といふものは、意外と古いものの中にあるものではあるまいか。

 とすれば、問題は如何に感覺の錬磨をするかである。

  

 

 

六、倒置法(たうちはふ)に就いて(About the inversion method) 『發句雜記』

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