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日本語 孤城忍太郞(こじやうにんたらう・Kozyou Ninntarou)

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 この作品を讀む時に、この音樂を聞きながら鑑賞して下さい。
 これは自作(オリジナル)の,

 『Motion1(和樂器・Japanese instrum)』


 といふ曲で、YAMAHAの「QY100」で作りました。
 雰圍氣を味はつて戴ければ幸ひですが、ない方が良いといふ讀者は聞かなくても構ひませんので、ご自由にどうぞ。

 

 

 

羅馬(ロオマ)字化の爲(ため)の假名遣(かなづかひ)と漢字制限

 

 筆者はこれまで、主に歴史的假名遣(れきしてきかなづかひ)と正字について述べてきた。
 しかし、どうも周圍(しうゐ)には解つてもらへないらしく、

 「新聞にもない文字を使つて、氣取つてゐるとしか思へない(原文は現代假名遣)」

 といふやうな筆者への批判があつたり、

 「現代人なのだから、殊更(ことさら)難しい昔の文字を使はなくても、現代假名遣で書けば良いのに。特に人に讀ませようと思ふなら、歴史的假名遣はそれだけでメリツトが少ないと言へるよ」

 といふ一部の人の諫言(かんげん)も戴いたので、どのやうにして歴史的假名遣から現代假名遣に移行して行つたかを述べる事にしたいと思ふが、その前に何度も言ふやうだが筆者が歴史的假名遣を使用するのは、

 「氣取りたい」

 爲とか、

 「現代假名遣が新聞に使はれてゐる文字」

 だから嫌ひだといふのではない。
 文字を出來るだけ正しく傳(つた)へたいといふ氣持からだ、といふ事だけは知つておいて戴きたいと思ふ。
 筆者も淺學の徒であるから間違ひは多分にあり、教へを請ふ事に吝(やぶさ)かではないので、無智による誤字や假名遣での批判ならば、大いに受附たいものである。

 さて、現代假名遣は御存知のやうに、昭和二十一年十一月十六日に内閣訓令として、公文書や教科書の表記法として公布され、各新聞社がこれを支持した爲に、今日の決定的な假名遣となつたのであるが、現代假名遣にも問題點はあり、それは今日においても色々な變遷(へんせん)を經(へ)て來た事で、身近な處では「当用漢字」から「常用漢字」への改訂ひとつとつても、諒解(りやうかい)出來るものと思はれる。

 假名遣は、現在は歴史的假名遣と現代假名遣の二種類あるが、元來、歴史的假名遣は、明治政府によつて教科書の表記法として世間に廣まり、それが第二次世界大戰當時まで軌範たり得たのは、戰後になつて採用された現代假名遣の時と事情が似通つてゐるが、現代假名遣の場合と決定的に違つてゐるのは、歴史的假名遣は元禄時代の僧(そう)契沖(けいちゆう・1640-1701)が「和字正濫鈔(わじしやうらんせう)」によつて、それまで不統一(明治以前までは作家によつて個々の假名遣を任意に使用してゐた節がある)だつた假名遣、特に「定家假名遣」の誤りを正す爲に、「古事記」や「萬葉集」を典據(てんきよ)として混亂(こんらん)を防がうとした。
 それが國學者の間に廣まつて缺陷(けつかん)が補正され、その結果、明治になつて正書法として採用されたのである。

 それに比べて現代假名遣は、中世以降の話し言葉の音の變化が激しくなり、文字(歴史的假名遣)と發音との離叛が甚(はなは)だしくなつたので、現代語音に基づく表音的假名遣(音韻ともいふ)を、歴史的假名遣を利用しながら實施したのが現代假名遣であるが、それは終戰の混亂期に行はれた爲に、專門の學者や一般の人々の意見を聞く所か、關與(くわんよ)すら出來なかつたといふのが實状(じつじやう)であつた。

 國語における問題は先にも述べた通り、常に國民を置去りにして來た。
 その例は幾らでも掲げられるが、ここで大まかに歴史的な流れの中での國語問題を取上げれば、慶應二年に前島密(まへじまひそか・1835-1919)が、

 「漢字御廢止之儀」

 を幕府に建白してゐるし、明治五年には福澤諭吉(1834-1901)の、

 「漢字制限論」

 があり、明治七年に西周(にしあまね・1829-1897)が、

 「羅馬(ロオマ)字國字論」

 を著(あらは)し、その影響で明治十五年に、

 「かなのくわい(假名の會・筆者註)」

 が結成され、明治十八年には、

 「羅馬字會」

 も設立された。

 これらの動きで國語表記が實施されさうになるのを、森鷗外(1862-1922)らの反對(はんたい)で廢止する事が出來たが、大正の頃にも實施はされなかつたものの、同じやうな動きがあり、山田孝雄(やまだよしを・1873-1958)博士や芥川龍之介(1892-1927)、木下杢太郎(1885-1945)・與謝野晶子(1878-1942)・島崎藤村(1872-1943)・佐藤春夫(1892-1964)などの活動で、喰止める事が出來た。

 しかし、一方では昭和五年頃の川端康成(1899-1972)のやうに、

 「漢字制限はもとより羅馬字でも構はない」

 と、一見進歩的な事を言つてゐる作家もゐた。
 更に、昭和十三年には山本有三(1887-1974)によつて、

 「振(ふり)假名廢止」

 が叫ばれ、その結果として易しい文字の使用といふ美名に隱れて、

 「漢字制限」

 が行(おこな)はれ、國語改革論者の動きも活發化したが、昭和十五年に、

 「表音假名遣は假名遣にあらず」

 で有名な橋本進吉(1882-1945)博士の一文があり、これで表音による假名遣は一時鳴りを潜め、その儘「雲散霧消(うんさんむせう)」するかに見えたが、戰後、一部で、

 「敗戰は漢字の所爲(せゐ)で、亞米利加(アメリカ)式能率を得る爲には漢字を廢止しなければならない」

 といふ考へが再び起こり、戰勝國のGHQの招きで本國から教育使節團が來日し、

 「日本の國字は學習の障碍(しやうがい)になるから、漢字や假名よりも羅馬字に長所が多いので一般に採用する事」

 といふ動きになつたが、恐らく一部の「かなもじ」論者や「羅馬字」論者が、これを利用しなかつた筈はなかつたと思はれる。

 彼らは羅馬字化への第一段階として、歴史的假名遣よりも缺點(けつてん)の多い現代假名遣や漢字制限を、食糧難に苦しむ人々の目を掠(かす)め、戰勝國の名を借りて實施したのである。
 日本敗戰の衝撃(シヨツク)によつて、昭和二十一年四月に志賀直哉(1883-1971)は、

 「仏蘭西(フランス)語の採用論」

 を書き、國語問題は歴史的假名遣を尊重する有識者にとつては絶望的な状態になつたが、それでも福田恒存(ふくだつねあり・1912-1994)・時枝誠記(ときえだもとき・1900-1967)博士等の數名が反對(はんたい)したが、戰後の混亂(こんらん)期に多くの人の耳目(じもく)を集める事が出來ず、終(つひ)に實施(じつし)されてしまつた、といふのが今日(こんにち)、現代假名遣が使用されるに到つた經緯(いきさつ)であるが、現代假名遣の問題は、實はこれで終りではなかつたのである。

 現代假名遣や漢字制限は既(すで)に述べた通り、羅馬(ロオマ)字化を最終目的とする手段であつた爲、歴史的假名遣のやうに論理的な構造を持たない方が、後々(あとあと)その不備をついて羅馬字化へ移行させるのに便利であつたのである。

 これらがどういふ論の人々によつてなされたかといふと、明治以後、日本は諸外國に追ひつかうと必死であつたが、それを擔(にな)ふ言語についても、當時(たうじ)、一等國といはれた西洋のアルフアベツトといふ文字の便利さに、知識人は一樣の驚きを示した。
 先づ第一に、アルフアベツトは二十六文字で全ての言語が賄(まかな)へる。

 それに比べて、日本語は五十音、

 「歴史的假名遣では「ん」を入れて四十八音、現代假名遣では「ん」を入れて四十六音」

 の平假名と片假名と、更に漢字の使用を餘儀(よぎ)なくされ、漢字に到つては五萬以上の數があり、それを組合せなければならないのは、文明の遲れを益々増長させるに違ひないので、西洋に近づく爲には羅馬字化にするしかない、と考へたのである。

このやうな考への人達は今日でも多くゐて、數年前にもある雜誌で、

 「羅馬字化のすすめ」

 といふ文章を讀んだのだが、その著者は三和銀行の相談役(文章を書かれた當時)といふ肩書を持つてをられるさうで、昭和十三年に「特高」に蹈み込まれてから昭和五十一年の間まで羅馬字運動を自粛し、頭取職を退任してから再び羅馬字運動を始め、羅馬字社の理事長にまでなつてゐるとの事である。

 その人がいふには、

 「現代では日本の文盲率は限りなく零に近くなつたが、過去二千年の間に國民は漢字の爲に莫大な血を流し、それは今日でも、またこれからの未來においても流され續けて行く(原文は現代假名遣)」

 といふのである。
 更に、

 「表意文字を使用してゐる文明國は中國と日本だけで、その中國でさへ二十年以前に國字としての漢字を廢し、羅馬字採用に蹈切つたのに、一國、日本だけは何故漢字を捨てないのか」

 といふのである。
 魯迅(ろじん・1881-1936)でさへ、

 「漢字が滅びなければ中國は滅ぶ」

 と言ひ、日本でも桑原武夫(1904-1988)氏が、

 「百年が二百年かからうとも、羅馬字の事をなほざりにしてはならない」

 と言つてゐるといふのである。

 漢字の使用の惡い理由としては、

 「日本人だから日本語は解つて當り前で五萬もの漢字を教へるよりも、その時間を他の數學や理科・社會に充(あ)てた方が有意義だ」

 といふ考へが一つと、

 「印刷の時の手間をアルフアベツトと比較すると、漢字の使用は一人個人の問題ではなく、國家の存續(そんぞく)にも影響する事だから、諸外國に能率面で負けない爲にも漢字制限は當然の事であり、漢字の野放しは論外である」

 といふ二つの考へが主流になつて、昭和二十四年に「当用漢字」が公布されたのである。

 さうして、國語審議會の民族學者金田一京助(1882-1971)博士などが表音式の現代假名遣を擁護して、歴史的假名遣から變へた理由もそこにあり、この後(のち)に平假名化を目指し、やがて羅馬字化といふ青寫眞(あをしやしん)があつた事は、既に述べたやうに公然の事實であつた。

 その上、漢字は國際性に缺(か)けてゐて、ある外國の著名人がその人の羅馬字日本語文を讀んで、

 「意味が解らないにも拘はらず、たやすく音讀(おんどく)出來、羅馬字表記の日本語ならば、あらゆる外國人の手に屆き易いものとなるだらう」

 と言つたといふのである。

 馬鹿らしくて話にならない。
 といふのは、羅馬字日本語文を讀んだ後にその外國人は意味が解つたのだらうか。
 讀む前に意味が解らないのは仕方がない。
 しかし、容易く讀む事が出來ても、意味が解らなければ全くの徒勞である。
その證據(しようこ)に、英語を平假名か片假名で書いて日本人に讀ませても、

 「意味が解らないにも拘はらずたやすく音讀出來て、平假名や片假名表記の英語ならば、あらゆる日本人の手に屆き易くなる」

 とは思へないのである。

 人は大抵の場合、母國語で勉強して智識を得るのであるから、もつと母國語を大事にしなければ智識を多くの人に傳へる事は出來ない。
 例へば、日本人に羅甸(ラテン)語で書かれた數學や理科・社會の本があつても、それを知らなければ讀めないだらう。
 それと同じ事で、これがたとへ日本語であつたとしても、文字の勉強がしつかり出來てゐなければ、讀めもしない羅甸語を讀むに等しく、また文字に頼らないとすると、昔のやうに口傳(くでん)による外に手段はなくなり、それはやがて智識を持てる者と持たざる者との階級の差となつて、社會にはね返つて來る事になるだらう。

 有識者の間での、

 「日本人が日本語を解つてゐるのは當り前だから、國語の時間などは減らしてしまつて、その時間を數學や理科・社會に充てて智識を増やした方が有効だ」

 といふ考へは、一見立派に思へるが、それを何處の國の言葉で讀むのか、といふ事に氣がついてゐない證據を露呈してしまつてゐる。

 それについてはこんな面白い話がある。

 「數學の問題で、「亞拉毘亞(アラビア)數字で答へよ」といふ試驗があつた時、數學の答へは解つたのだが、亞拉毘亞數字といふものが解らなかつた爲に、つひに答案用紙に書く事が出來なかつた」

 といふ、これはある大學生の實話(じつわ)である。

 日本人には國語の勉強こそが大切で、それが出來ないと、いま述べたやうな大學生の笑ひ話のやうな事にもなり兼ねないだらう。
 だが、それでも平假名や片假名表記を、外國人が日本語を學ぶ爲とか、日本人が外國語を覺えたりするのに、便宜的に使用するといふのならば許される事があるかも知れないが、日本人が日本語を表記するのに平假名や片仮名だけで濟ませやうといふのは、個人的な趣味か特別な都合がある場合でならまだしも、正書法としては考へられないやうに思はれる。
 況(ま)して、文盲(もんまう)率の低さを世界に誇る日本で、そのやうな事をする必要は少しもない。

 外國には自國の文字の讀めない人は、日本人に比べて隨分と多いと聞いてゐる。
 もしさうならば、諸外國に片假名や平假名表記がもつと普及しても良ささうなものであるが、一向にさうはならないし、また、それは漢字を使用する國よりもアルフアベツトを使用する國の方が遙かに多いのだから、アルフアベツト表記に少しでも近づくのが當然であるといふやうな、多數決の缺點(けつてん)を繪に描いたが如き答へで解決のつく問題ではない筈である。

 西洋の文化が全て正しいと思ふのは大きな間違ひで、もしもその立場が逆轉(ぎやくてん)する事があつたならば、どうするのか。
 あるいはさうなるやうに努力するのが、日本人のとるべき道ではなからうか。

 本來、アルフアベツトのやうな表音文字は、單音では、

 「A・B・C」

 と發表出來るが、單語にすると發音が變つてしまひ、例へば英語の、

 「ナイフ・ホワイト」

 といふ單語は發音通りに表記してゐなくて、

 「Knife・White」

 のやうに語頭の、

 「K・W」

 は發音しないし、かう言つたものは數へ上げれば限りがないだらう。
 しかも、嘗(かつて)てはそれらの「K・W」の音も發音してゐたらしく、マイミクの「Exeier」氏の言葉を信じれば、

 「クニイフ」

 と北歐のどこかの國で言葉として殘つてゐると事である。

 しかし、今では逆に發音しなくなつたといふ理由から、亞米利加の一部では「K・W」を省いて表記されるやうになつてゐる傾向も見受けられるさうであるが、それでもそれを正書法とはしてゐないやうだ。
 假(かり)に將來そのやうな事態になつたとしても、それが國家權力で統一されるといふのであるならば、他國の事とは言へ筆者個人としては、さういふ決定の仕方には反對である。

 このやうに英語におけるアルフアベツトの表記は表音的ではないといふ所から、一見すると日本語の表音文字の、

 「いろは」

 の歴史的假名遣に似てゐなくもないが、日本の文字には讀み方が變る事はあつても、發音しない文字などはないし、單音を組合せて讀むといふ文字の羅列ではないのである。
 確かに、

 「銀杏(いてふ)」は現代假名遣では、「いちよう」と讀書きし、

 「蝶々(てふてふ)」が「ちようちよう」

 と書き、發音もするといふ共通點があるし、勿論、歴史的假名遣の場合には、

 「てふ」といふ文字を「ちよう」

 と發音して讀み、文字と異なつた發音をしなければならないが、これは洋の東西を問はず、時代の流れによつて發音が文字を裏切つた結果である。

 「A・B・C(實はこれだつて表意文字から發生してゐて、漢字から派生した「いろは」と同じ表音化したものだが)」といふそれだけでは何の意味もない文字の組合せが、表音文字の全てで、それらを際限もなく組合せて行くので、「分ち書」が絶對條件である。
 合理的であると思はれてゐる英語の單語の最長の綴字(スペル)は、なんと四十五文字ものアルフアベツトが續いて一つの意味を成(な)すのである。

 そこへ行くと日本語には表音文字に「いろは」があり、表意文字に漢字がある。
 この兩方を合せて和漢(わかん)混淆(こんかう)文といふ日本語になつてゐて、朝鮮などでもさうであるらしいが、世界でも餘(あま)り例を見ない言葉であるらしい。
 中國のやうに漢字だけではないのである。
當然、漢字も最初は中國から輸入されたものであるが、しかし、日本はそれを獨自の開發をして、日本語表記として再構築したのである。
 因みに、漢字一字で一番多い劃數(くわくすう)は六十四劃であるらしいが、それ自體がたつた一文字で意味を持つてゐるのである。

 それに日本語の中には、所謂(いはゆる)外來語といふ西洋の言語を日本風に表記したものがあるが、それとても殆どが外國に通用しない日本獨自の言葉になつてゐるし、第一、日本の漢字と中國の漢字は同じものを表記するにしても、

 日本で「汽車」ならば、
 中国では「火車」

 と書くやうに、それぞれが違つた感覺で表記してゐるので、日本語を使用する限り、アルフアベツトのやうな他の文字で表記しても意味はないだらう。

 漢字の爲に血を流したといふが、それは政治の上の事で、民衆に力を持たせまいとする權力者の考へから文盲にしたのであつて、その意味は自づから違つて來る。
 假に一歩を譲つても、明治以降あるいは江戸後期に寺子屋や學校といふ機關が出來、二百年ほどの間に文盲率が零に近いといふのは、諸外國に比べて決して劣つたものではなく、寧(むし)ろ流した血は少ないと言へるのではあるまいか。

 萬能ではないけれども、日本語には、

 「廣さ(スぺエス)・美的感覺(エステテイツシユ)」

 と表記する事も出來て、外國語と日本語を融合する事が可能で、あるいは、

 「空想的・神秘的・童話風(メルヒエン)」

 とも書分けられ、最近(?)では、

 「スタンバる」

 などと進んだ表現も見受けられる。
 無論、英語文にもこの逆は言へない事はないのだらうが、日本語で讀書きするほどの効果はないやうに思はれる。
 だからと言つて、これらの事が即ちどちらの國の言語が優れてゐるといふ優劣に繋がるものではなく、單に特徴といふ事はいふまでもないだらう。

 けれども、羅馬字日本語文はさうは行かない。
 我々日本人が片假名英語文など必要ないやうに、羅馬字日本語文も無用の表記法である。
 單にタイプライタアを打つて印刷するのに、和漢混淆文が羅馬字日本語文よりも手間がかかるといふだけで、そのやうな先走りをするのは愚かな事である。
確かに當時の印刷技術からすればその通りであつただらう。
 しかし、技術は進歩しないものだらうか。
 もし進歩したら、と何故考へなかつたのだらうか。

 こんにち、我々は文書器(ワアプロ)や電腦(コンピユウタア)といふ、大變に便利な文明の機器を手にする事が出來た。
 このやうな機械だと漢字の正字問題も解決出來るし、現代假名遣よりも歴史的假名遣の方が、遙かに論理的で扱ひ易いのではないかと思はれるが、多くの人がその事に氣がつかず、氣がついても沽券(こけん)にかかはるから默つてゐるのだらう。
 せめて文書器や電腦の機能に現代假名遣と歴史的假名遣が装備され、それが任意に指定が選擇出來れば良いし、それに伴つて、正字の使用も出來ると有難いと筆者は思ふのである。

 話を元に戻せば、幸ひその羅馬字表記は實施されずに濟んでゐるし、近頃では表意文字の良さも世界的な規模で認められつつある傾向にあつて、漢字も「当用漢字」から常用漢字へと數が増えてゐるのは、皮肉な結果と言はねばならないだらう。

 国際性を持出すのならば、極端な事を言へば羅馬字日本語文や和漢混淆文などは捨ててしまつて、世界の言葉を一つにするしかないのである。
 その時にこそ、日本語を廢する爲に表音文字の素晴しさを説けば良いので、片假名英語文や平仮名英語文は意味が解らなければ、なんの爲にさうしたのか首を傾げるしかない。
 日本語は日本語の文字を驅使し、英語はアルフアベツトで、亞拉毘亞(アラビア)語は亞拉毘亞文字で、猶太(ユダヤ)語は希伯來(ヘブライ)語で良いのである。
況(いはん)や、日本語を羅馬字表記一邊倒(いつぺんたう)にするなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 現在、日本では現代仮名遣を採用してゐるが、多くの日本人は漢字や假名遣を自分の意志によつて使用してゐるのではなく、教へられる事で利用してゐるのであるから、どうせ教へられるのであるのならば、一部の人の都合によつて変遷されたものを使用するのではなく、出來るだけ正しい傳統(でんとう)に從ひたいと思ふのである。
 勿論、現状の儘だとしても、日本語は公文書以外ならば筆者のやうに歴史的假名遣を使用する事も出來れば、羅馬字表記はいふに及ばず片假名表記を使用したからと言つて、誰に咎(とが)められる事もない筈である。

 しかし、教育の現場では、せめて歴史的假名遣と現代假名遣の選擇が出來るやうに圖(はか)らつてほしいものである。

 「現に、今お前が歴史的假名遣を使つてゐるから、良いぢやないか」

 と言はれるかも知れないが、これは個人が学習して修得したもので、教育の機關で教はつたものではない。
 歴史的假名遣と現代假名遣の使用を生徒が選擇出來て、しかる後に、選んだ方の教育が受けられるといふやうになつてこそ、教育制度の公正さが保たれるのではあるまいか。
 特に國語の授業には古典の時間もあるのであるから、その時ぐらゐは歴史的假名遣の扱ひを手解(てほど)きしてもかまはないのではないか。

 それを羅馬字表記だけにしようとするから、手痛い竹箆(しつぺい)返しを喰ふのである。
 外國人の勉強の爲に羅馬字日本語表記があるのなら構ひはしないが、日本人の爲にロオマ字日本語文を主流にする必要が、どうしてあるだらう。

 日本語が世界でも素晴しい言語であると認められ、それがもし英國でも實施(じつし)しなければならないとしたら、英國人は片假名英語文など使ひはしないだらう。
 英國人に勇氣があつたなら、英語を捨てて日本語にしようする筈である。
 それと同じように英語がそれ程にすばらしいのなら、外國人に日本語の文字を歪めてまで解らせずとも良い。
 日本語を捨てて英語圈の國にしてしまはう。
 日本語が滅びるしかない。
 さうして、地球人語といふ一つの文字や言葉で統一出來るのならば、それも已むを得まい。

 けれども、羅馬字日本語文を唱へた人達は、それ程の考へはないのである。
一部の人達が趣味と實益(じつえき)を兼ね、名誉慾に驅られて主張してゐるのである。
 とても日本人の將來を考へて言つてゐるとは思へない。

 再度言ふが、筆者ならば、日本人は日本語の文字群を使ひ、英國人ならばアルフアベツトで表記し、英語の出來ない日本人がゐたならば、通譯(つうやく)か飜譯家(ほんやくか)に任せる。
 あるいは自分で獨自の考へ方をして、それこそ片假名英語文を使用するかも知れない。
 だが、決してそれを日本人全てに押しつけたり、況(ま)して國家權力を揮(ふる)つて正書法として強制したりはしない。
 かういふ考へ方もあるといふ事はいふが、それだけの事である。
 それで良いのではなからうか。

 どのやうにすれば自國の言葉がより良くなるか、といふ議論ならば歡迎するが、

 「日本語が他の國の言葉よりどうなのか」

 といふ優劣の論爭などはする必要がない。
 共存共榮が出來ない時、どちらかが背負ひ込まなければならないのは御免である。
 一切を捨てるのが一番良い。
 しかし、國際性といふ事を考へるのならば、無意味な形ばかりの歩み寄りは止めて、心の歩み寄りをする可きであらう。

參考文獻
『なぜ日本語を破壊するのか(英潮社)』 福田恒存(ふくだつねあり・1912-1994)

 

 

 

TEL 06-6334-2218 午前11時~午前12時30分

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